糖尿病の合併症:あなたはいくつ言えますか?
みなさんは糖尿病の合併症をいくつ知っていますか?
「合併症」とは、「ある病気が原因になって起こる別の病気」のことです。
糖尿病の合併症はたくさんあります。ほとんどの合併症は、血糖値が高い状態が何年も続いていることにより、血管がボロボロになって起こるものです。元に戻らない状態まで進んでしまう事もあります。糖尿病は症状がほとんどないため、油断をしていると知らない間に合併症がどんどん進行してしまいます。
血糖値を理想の値にコントロールすることは、頑張っていてもなかなか難しい場合もありますが、合併症について知っておけば、適切な予防策をとることで、進行を遅らせたり、早めに見つけることができます。すでに合併症が1つ以上起こっている方は、合併症について特に知っておく必要があります。合併症の全体像を知り、様々な合併症に対して予防策をとったり、早めに治療ができるようにしておきましょう。
3大合併症「しめじ」(細小血管障害)
糖尿病を治療しない状態が約8年続くと、細小血管障害である糖尿病の3大合併症が起こってくると言われています。
糖尿病の3大合併症は、①神経障害 ②網膜症(目) ③腎症 です。医学生は、この頭文字をとって「しめじ」とゴロ合わせで覚えたりします。起こってくる順番もこの通りです。
①神経障害
糖尿病を治療しない状態が約8年続くと、まず神経障害が起こってきます。はじめに、足のしびれがでてきます。原因ははっきりしていませんが、ソルビトールという物質が神経にたまることで起こるのではないかと言われています。血糖値が高い状態が続くと、血管がボロボロになっていきますが、より細い血管からダメージを受けます。神経はとても細いので、その神経にいく血管は細くなり、神経障害から起こりやすいと考えられます。
神経は頭からつま先まで全身にあるのですが、特に、手や足にいく長い神経から侵されていきます。そのため、両足の感覚障害から始まることが多いです。足先がしびれたり、違和感があったり、冷えたりと様々な訴えがあります。感覚が鈍くなるので、ケガに気づきにくかったり、熱さに気づかず火傷をしやすくなったりします。
②網膜症
糖尿病を治療しない状態が約10年続くと、糖尿病性網膜症が起こってきます。網膜症とは、目の中にある網膜という部位が障害されて視力が落ちてしまう病気です。網膜に栄養を送る細い血管の流れが悪くなったり詰まったりして障害されて起こります。目がかすんだり、まぶしく感じられる場合は、目の網膜が障害されているかもしれないと考え、早めに眼科を受診しましょう。また恐ろしいことに、網膜症が進行している事に気づかず、突然目が見えなくなることがあります。糖尿病で年間4000人の方が失明していると言われています。そのため、定期的に眼科を受診し、目の検査を受けることが大切です。
③腎症
糖尿病を治療しない状態が約15年続くと、糖尿病性腎症といって、腎臓の機能が悪くなってきます。糖尿病と言えば、腎臓が悪くなるというイメージがある方も多いのではないでしょうか。というのも、糖尿病性腎症は、慢性腎臓病の原因第1位、透析導入の原因第1位となっているのです。腎症も初めのうちは症状がありません。かなり進行してくると、足がむくんだり、血圧が上がったり、だるくなったりしてきます。症状が出てくる頃にはすでに腎臓病はかなり進行している状態であるため、そうなる前に気づくことが大切です。糖尿病と診断されている方は、尿の中の微量アルブミンを測定することで早期に発見することができます。糖尿病と診断されている方は、きちんと定期検査を受け、腎症を早期に見つけることが大切です。
3大合併症の予防法は共通しています。そう、血糖値をよい値に保つことです。
目標は、HbAcを7.0%未満、食事前の血糖値を130mg/dL未満、食後の血糖値を180ml/dL未満に保つことです。血糖コントロールができないと、ゆっくりですが、3大合併症は進行していきます。数字を意識して、運動、食事の管理をしていきましょう。
動脈硬化が原因で起こる合併症「えのき」(大血管障害)
高血糖の状態が続くと、比較的ぶ厚い動脈は、血管の壁が傷つけられ、炎症を繰り返し、硬く、もろくなっていきます。これを動脈硬化といいます。動脈とは、心臓から送り出される血液を運ぶ血管のことです。傷つけられた血管の内側の空洞は狭くなるため、血液が通りにくくなります。そのうちに血管が詰まって栄養である血液が流れなくなると、その先にある臓器がダメージを受けます。
足に行く血管が障害されると、④足壊疽(あしえそ)になります。脳に行く血管が障害されると、⑤脳梗塞(のうこうそく)になります。心臓に行く血管が障害されると、⑥虚血性心疾患(きょけつせいしんしっかん)になります。これらも頭文字をとって「えのき」と覚えます。
④足の壊疽
壊疽とは、組織が腐ってひふが緑黒くなり、悪臭を放つ状態をいいます。糖尿病が悪くなると、足壊疽が起こり足を切断されると聞いたことがある方もいらっしゃると思いますが、これは事実です。年間約3000~4000人の方が足壊疽によって足を失っています。といっても、足を切断されるくらい重症化する方は100人に1人いるかいないかくらいです。足を切断しなくてはならない状況には、急になるわけではありません。足壊疽が起こるのには主に2つの機序があります。
1.血液がドロドロになる「動脈硬化」によるものです。足の血管が硬くなり詰まってしまうと、足の先に血液が流れなくなり、足壊疽を起こします。
2.糖尿病の血糖コントロールが悪いと、3大合併症のひとつである「神経障害」が起こってきます。始めはしびれや冷えなどの症状がありますが、進行すると何も感じない、「無感覚・無痛覚」という状態になります。手や足に傷ができたり、火傷をしても痛みが出にくくなります。手はよく見るので気づけるのですが、足は気を付けて見ていないと気付くのが遅れてしまいます。
例えば、こたつで足を火傷しても気づくことができず、そのまま放ってしまいます。すると傷口に細菌が感染し、徐々に広がっていくと足壊疽の状態になります。痛みがないので、気づいていてもそのまま放ってしまうと、飲み薬や塗り薬では対応できない状態になり、外科的に足を切断することになります。
神経障害と動脈硬化の2つの原因が重なると、より足壊疽を起こしやすくなると言われています。
このような状態になる前に気づいて、きちんと治療を受ければ、足を切断するような状態になることを避けるとができます。症状があってもなくても毎日、裸足の状態で足を観察すること、爪を管理して清潔に保つこと、小さな傷でも見つけたらきちんと手当をすること、水虫があれば治療をすること、これらの観察で足壊疽を予防していきましょう。
⑤脳梗塞
動脈硬化により、脳に行く血管が詰まってしまうと、脳梗塞になります。
糖尿病の方は糖尿病ではない方と比べて、2~3倍も脳梗塞が起こりやすいと言われています。脳梗塞の症状は様々です。手足が動かしにくくなったり、話しづらくなったり、認知機能が低下することがあります。最悪の場合は命を落としてしまうこともあります。
脳梗塞は早期治療で有効な薬が使える場合があります。上記のような脳梗塞を疑う症状が出た場合は、症状が出た時刻を記憶しておき、すぐに119番コールをしましょう。発症時刻は治療薬を決めるのに大切な判断材料になります。
⑥虚血性心疾患
虚血性心疾患(きょけつせいしんしっかん)とは、狭心症(きょうしんしょう)や心筋梗塞(しんきんこうそく)のことです。心臓の筋肉にいく血管が狭くなったり、詰まってしまうと、心臓が酸素や栄養不足になり、心臓の一部の筋肉が壊死してしまうことがあります。
階段を上ったり、ウォーキングなどの運動をすると胸が痛くなるようであれば、心筋梗塞の前兆かもしれません。糖尿病で神経障害が出現していると、感覚が鈍くなっているため、胸の痛みなどの前兆に気が付けず、知らない間に心筋梗塞になって倒れてしまうことがあります。心筋梗塞は、放っておくと20~30%の死亡率があると言われています。早めに見つけるためには、医療機関で血管の検査や、心臓の血管のCT検査を受けるとよいでしょう。
細小血管障害の「しめじ」と、大血管障害の「えのき」を合わせて、6大合併症と呼ばれることがあります。これらは年数をかけてゆっくりと進行する慢性合併症です。動脈硬化の予防には血糖管理以外にも、血圧、コレステロール、肥満、喫煙による影響もとても大きいため、生活の中で見直していきましょう。
急性合併症
血糖値が急に異常に高くなるために起こる、急性合併症があります。この高血糖状態は、適切に治療を行わなければ昏睡状態になり、ときに命をおびやかします。糖尿病で治療中の方だけでなく、まだ糖尿病と診断されていない方も異常な高血糖になって救急車で運ばれてくることがあります。この急性合併症は、⑦糖尿病性ケトアシドーシスと、⑧高浸透圧性高血糖状態(こうしんとうあつせい高血糖状態)があります。
⑦糖尿病性ケトアシドーシス(ペットボトル症候群)
インスリンという血糖を下げる作用のあるホルモンが不足したり使えなくなると、血糖値がどんどん上がります。血液中の血糖をエネルギーとして使えないため、代わりに脂肪を分解してエネルギーにします。すると、血液中に「ケトン体」という物質が増え、体が酸性に傾きます(アシドーシス)。高度の脱水状態となり、非常に危険な状態です。
どんな人が糖尿病性ケトアシドーシスになりやすいのでしょうか。
1番多いのは、インスリンが極端に不足している1型糖尿病の方です。特に、1型糖尿病を発症したときや、インスリンの注射が打てていない時に起こりやすいです。1型糖尿病は生活習慣とは関係なく発症するため、予防したり努力で治すことはできません。喉が渇いてしょうがない、尿がたくさん出る、疲れやすいなど、高血糖の症状を知っておき、早めに医療機関を受診できるようにしましょう。
また、2型糖尿病の方でも、甘いジュースやスポーツドリンクを多量に飲むと、急激に血糖が上がり糖尿病性ケトアシドーシスを発症します。「糖尿病性ケトアシドーシス」なんてややこしい名前がついていますが、「ソフトドリンクケトーシス」とか、「ペットボトル症候群」と呼ばれることもあります。みかんの缶詰やアイスクリームなど糖分の多い食べ物の大量摂取でも起こるという報告があります。喉が渇いた時、ついつい甘い飲み物を一気に飲みたくなると思いますが、水かお茶にしておきましょう。
ここで小話 【どうしてペットボトル症候群って呼ばれているの?】
1990年代、ペットボトルに入ったジュースやスポーツドリンクを水の代わりに大量に飲んでいた高校生たちが、糖尿病性ケトアシドーシスの症状で意識障害となり救急搬送されるようになりました。それ以降、同じような症状で10代~30代の若い人を中心に病院を受診するケースが増え、彼らは共通して「ペットボトルに入った清涼飲料水を多量に飲んでいた」ことが注目されるようになりました。1992年5月、聖マリアンナ医科大学の研究グループが報告し、糖尿病性ケトアシドーシスの症状となった多くの若者たちがペットボトルで清涼飲料水を飲んでいたことから、「ペットボトル症候群」と命名されたのでした。
⑧高浸透圧性高血糖状態(こうしんとうあつせい高血糖状態)
血糖値がとてもとても高くなり、血が濃くなる病態です。血糖値は600mg/dL以上となり、しばしば1000mg/dLを超えます。血糖が非常に高くなると、たくさんの尿が出て、脱水がすすみます。血液が異常に濃くなり高浸透圧となるため、「高浸透圧性高血糖状態」と呼ばれています。糖尿病性ケトアシドーシスと違い、2型糖尿病のインスリンがある程度分泌されている方に起こるため、脂肪は分解されず血液中のケトン体はわずかで、アシドーシスも起こりません。
高齢の2型糖尿病の方に多く、「糖尿病の薬を中断するなど、治療がうまくいっていない」ときや、「感染症や出血など高度の脱水になる別の病気がある」ときに起こりやすいです。死亡率は20%と高く、非常に危険な状態です。
高浸透圧性高血糖状態になるまでには時間がかかるため、喉の渇きや、尿が増える、疲れやすいなどの高血糖症状に気づいたら、水やお茶などの水分をしっかりとることで予防ができます。くれぐれも甘いジュースは飲まないようにしてくださいね。
その他の重要な合併症
⑨感染症
糖尿病の方は細菌やウイルスなどによるの感染症にかかりやすくなります。血糖値が200mg/dL以上になると、血液中にある白血球の働きが弱くなります。白血球は外から入ってきた病原菌を攻撃し、排除してくれる重要な免疫細胞です。この白血球が弱くなると、体のいろいろな場所の感染症にかかりやすくなります。口の中、耳、肺、膀胱、腎臓、腸管、胆のう、皮膚、筋肉、足、手術の傷口、など部位によって症状は様々です。
糖尿病の方が免疫力を上げるためには、まずは血糖の管理が大切です。また、重症な感染症を予防するために、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンなどの予防接種をきちんと受けることも大切です。
⑩癌
糖尿病による死亡の原因として最も多いのが、「癌」です。糖尿病の方は、癌のリスクが20%ほど高くなるという報告があります。日本人では特に、大腸癌、肝臓癌、すい臓癌のリスクが高いと言われています。海外の報告では、乳癌、子宮内膜癌、膀胱癌のリスクが上がるというものもあります。リスクが高いことが判明しているため、癌検診をきちんと受けることが大切です。
また、きちんと治療を受けているのに、血糖値が急に高くなってきた場合は要注意です。癌が血糖値を上げている可能性があります。癌は決して珍しい病気ではありません。検診はしっかりうけておきましょう。
⑪骨折
糖尿病の方は骨がスカスカになる骨粗しょう症が起こりやすいと言われています。骨がスカスカになると、骨折もしやすくなります。足の骨が折れてしまうと、寝たきりになり、とたんに生活の質が悪くなってしまいます。
糖尿病の方は骨密度(カルシウムの密度)の割に骨折が多いと言われています。それは、骨の密度はしっかりあるのに、骨の質が悪いからだと考えられています。お家に例えると、壁でしっかり覆われているのに、壁の素材がボロボロで崩壊寸前の状態ですね。
海外の研究では、HbA1cが7.5%以上の2型糖尿病の方では、糖尿病がない方と比べ骨折リスクが1.47倍上がるというデータがあります。HbA1cが7.5%未満であれば糖尿病がない方と骨折のリスクが変わらなかったと報告されています。血糖コントロールは大切です。
では、骨粗鬆症になりやすい人はどんな人でしょう?
閉経後の女性、痩せている人、高齢者、喫煙者、過度に飲酒する人、身長が若い時と比べて5cm以上縮んだ人などは骨粗しょう症のリスクが高いです。ビタミンDを意識した食事や、日光浴、適度の運動など生活の中で意識していきたいですね。また、何よりも転ばない事が大切です。サイズの合った歩きやすい靴を選んだり、家の中の危険な場所を整えたり、手すりをつけたりと、転倒のリスクを下げる対策をしていきましょう。
当院からのメッセージ
さて、皆さんは糖尿病の合併症をいくつ知っていたでしょうか?知識を付けることで対策できることがあります。糖尿病は初期の頃は症状がないため、ついつい、何となく通院して、何となく薬をもらって、何となくいつも通りの生活をして・・・となりがちですが、長い年月をかけてジワジワと影響がでてきます。小さな事から習慣化できるといいですね。一緒に考えていきましょう。