マイコプラズマ肺炎
マイコプラズマ肺炎は、マイコプラズマ・ニューモニエという非常に小さな細菌によって引き起こされる呼吸器感染症です。この病気は、以前は主に子どもがかかる病気として知られていましたが、近年では大人の患者さんも増えています。
マイコプラズマの名前の由来
「マイコプラズマ」の「マイコ」は、ギリシャ語の「mykes(菌類・キノコ)」に由来します。マイコプラズマ菌は、とても不思議な細菌で、細菌であればみんな持っている細胞壁という殻がありません。そのため、様々な形に変化できる柔軟性があります。さらに、細菌にしてはとても小さくわずか数百ナノメートル程度です。そして「プラズマ」は「形成する」という意味。つまり、マイコプラズマは「菌糸のような形を形成するもの」という意味になります。
この名称が付けられた理由は、マイコプラズマが発見された当初、その性質や形態が菌類(真菌)に似ていると考えられていたためです。(「舞妓さん」とは関係ありませんので、決して間違えないようにご注意くださいね。)しかし、後の研究でマイコプラズマは実際には細菌の一種であることが明らかになりました。マイコプラズマの非常に小さく、細胞壁を持たないという特徴が、当初菌類と混同された原因の一つと考えられています。通常の抗生物質が効きにくいという特徴があり、これにより肺の中で独特の「振る舞い」をします。この特異な性質から、感染症としての診断や治療が難しい場合もあります。舞妓さんの舞が優雅で静かなのに対し、マイコプラズマは肺の中で独特の「舞」を繰り広げるので歓迎できませんね。
「マイコプラズマ肺炎になった舞妓さん」*ただのダジャレです
オリンピック肺炎
さらに面白いことに、マイコプラズマ肺炎は「オリンピック肺炎」とも呼ばれていました。昔はこの肺炎が1980年、84年、88年と、4年周期で流行する傾向があり、ちょうどオリンピックが開催される年にピッタリ一致していたため、「オリンピック肺炎」の異名で呼ばれることもありました。まるでオリンピックのように、4年に一度やってくるというわけですね。
最近では、4年周期の流行パターンが崩れてきていましたが、2024年のパリオリンピックの年に、なんと8年ぶりの大流行が起きているんです。マスクを外す人が増えたことも、この流行に関係しているかもしれません。
walking pneumonia「歩く肺炎」
マイコプラズマ肺炎の発症年齢のピークは7~9歳の学童期ですが、幼児期から青壮年期まで幅広く感染します。新生児や高齢者はまれで、活動的な若い人に多いのが特徴です。
また、マイコプラズマに感染してから症状が出るまでの期間(潜伏期)は2~3週間です。風邪やインフルエンザの潜伏期間が数日程度であることと比べると、かなり長いのが特徴です。そのため、いつ感染したのか分かりづらく、症状が出ても軽い風邪だと勘違いして出歩く人が多いため、周囲に感染を広げてしまう可能性が高いことから、英語ではwalking pneumonia、「歩く肺炎」と呼ばれるようになりました。この呼び名は、感染の広がりやすさを表現しています。
マイコプラズマ肺炎はうつりやすい?
マイコプラズマの感染力は比較的弱く、短時間の接触では感染しにくい特徴があります。しかし、こどもや若者にとっては比較的うつりやすい感染症といえます。
まず、感染経路は他の感染症と同様に主に2つあります。
①飛沫感染
マイコプラズマ肺炎の最も一般的な感染経路は飛沫感染です。これは、感染した人の咳やくしゃみ、会話の際に出る小さな唾液のしぶきを通じて広がります。これらのしぶきの中にマイコプラズマ菌が含まれており、約1mの範囲にいる人が吸い込むことで感染が起こります。
②接触感染
もう一つの感染経路は接触感染です。これは、感染者の唾液や分泌物が付着した物に触れ、その後自分の口や鼻、目などを触ることで感染するものです。
マイコプラズマ肺炎の潜伏期は2〜3週間もあるため、感染経路が特定されずらく、広がる一因となります。また、症状に重症感がなく「しつこい咳だけ」という場合もあるため、元気なこどもや若者は学校や職場を休むことなく過ごし、感染を広げてしまいます。
一方で、マイコプラズマ肺炎に感染するには濃厚な接触が必要なので、インフルエンザや麻疹のように学校や職場で一気に流行することはまれです。短時間の接触では感染の可能性は低いとされています。そのため、地域全体での感染の広がりは比較的遅いとされています。
症状
マイコプラズマ肺炎の最初に感じる症状は、微熱やのどの痛み、全身のだるさ、頭痛などです。これらの症状は風邪と区別がつきにくいため、初期段階では見過ごされがちです。典型的な肺炎とは違い、最初は38℃以上の高い熱になることはあまりなく、体のしんどさもそれほどではなく、痰も目立ちません。咳は発熱後3~5日から始まり、「コンコン」と乾いた咳が特徴です。長引くと咳は徐々にひどくなり、熱が下がっても咳がしつこく3~4週間続くこともあります。大人の場合は時間が経つにつれて痰がからむこともあります。聴診器で肺の音を聴いても聞こえにくいのも特徴です。一般的な肺炎と違い、40℃近い高熱で寝込んだり、ゼエゼエと呼吸が苦しくなったり、ゼロゼロするような大量の痰を伴うことは珍しいのです。
また、全身に発疹(赤くて淡い斑状の皮疹)が出てくることがあります。その他にも頻度は低いですが、無菌性髄膜炎、脳炎、末梢神経障害などの神経系病変、心筋炎、心外膜炎、 関節炎、溶血性貧血、血小板減少性紫斑病、血球貪食症候群を来すことがあります。
診断方法
患者さんの症状や身体所見からマイコプラズマ肺炎を疑った場合、複数の検査を組み合わせて診断を行います。
①胸部の画像検査
胸部のX線検査やCT検査を行い、肺の状態を確認します。マイコプラズマ肺炎では、すりガラス陰影と呼ばれる特徴的な像が見られることがあります。また、重症度をみるにも画像所見は有用です。
当院では肺炎の診断にも有用な、最新のAI技術により胸部レントゲン画像から病気を検出するソフトウェア「CXR-AID」を活用しております。医師がAIと協力して診断を行う「ダブルチェック」により、より安心で質の高い診断をこころがけていますのでご相談ください。
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②迅速抗原検査
のどの奥から採取した検体を使って、マイコプラズマの存在を調べる検査です。15分程度で結果が出ますが、感染初期では陰性になることもあります。昔は感度が低かったものの、最近では改良が加えられて、感度もおよそ8割程度と、実用的なレベルまで上がってきています。しかしながら、結果が陰性でも100%絶対に陰性ですとは言えませんので注意が必要です。当院ではマイコプラズマを疑った場合は、この咽頭ぬぐい液による迅速抗原検査を行っています。
その他にも血液検査でマイコプラズマに対する抗体(IgM抗体)を調べたり、遺伝子検査をする方法がありますが、結果が出るまでに2~3日かかるために実用性が十分とは言えないと考えています。
③血液検査
炎症反応の程度を調べるために、血液検査をすることがあります。通常の肺炎と違い、白血球数が10,000/μL未満にとどまることが特徴で、これは診断基準の1つとなっています。また、CRPは通常の肺炎と同程度に上昇し、マイコプラズマ肺炎でも炎症反応の指標として高値を示します。白血球数とCRPを組み合わせることで、重症度をある程度推測することができます。
有効な予防法
マイコプラズマ肺炎の予防法は、私たちがよく知っている一般的な風邪の予防法とほぼ同じです。
興味深いことに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行時に広く実施されていた予防対策が、マイコプラズマ肺炎の予防にも非常に効果的だったことがわかっています。
- マスクの着用
- 人との適切な距離(空間隔離)の確保
- こまめな手洗い、手指のアルコール消毒
- うがいの習慣
これらの対策は、新型コロナウイルス対策として私たちが日常的に行ってきたものです。新型コロナウイルス対策として身につけた習慣を継続することで、マイコプラズマ肺炎を含む様々な呼吸器感染症のリスクを大幅に減らすことができます。
また、今のところ有効なワクチンはありません。
治療方法
マイコプラズマは細胞壁を持たないという特徴から、細胞壁に作用して殺菌するタイプの抗生剤は効きません。そのため、細胞壁に作用しないタイプのマクロライド系という種類の抗生物質が第一選択薬としてよく使われます。しかし、最近では、この薬が効かないマイコプラズマ菌が増えてきました。これを「耐性菌」と呼びます。
耐性菌が増えた理由は、抗生物質を使いすぎたからだと考えられています。2000年以降、日本でマクロライド系の抗生物質をたくさん使うようになり、それに伴って耐性菌も増えてきました。耐性菌が問題なのは、マクロライド系の薬を使っても、熱が下がるのに時間がかかったり、咳が長引いたりすることがあるためです。幸い、耐性菌に効く別の種類の抗生物質もありますので、耐性菌が疑われた場合は医師と相談しながら治療薬を変えていくのが一般的な治療方針です。
また、つらい発熱や咳などの症状に対しては対症療法と呼ばれる咳止めや解熱剤など、症状を和らげる治療をおこないます。
家庭でのケア
①十分な休養
療養中は十分な休養をとることがとても大切です。体を休めることで、体の免疫力が高まり、病気と闘う力が強くなります。
②水分補給
水分をたくさん取ることも重要です。お茶や水を少しずつ、こまめに飲むようにしましょう。これは、のどの痛みを和らげたり、熱を下げたりするのに役立ちます。
③部屋の加湿
部屋の空気を適度に湿らせることも効果的です。加湿器を使ったり、濡れたタオルを部屋に干したりして、空気を少し湿らせましょう。これは、咳を和らげるのに役立ちます。
④マスクの着用
マスクを着用することも大切です。これはのどを保湿し、症状を和らげるだけでなく、家族にうつさないためにも重要です。
⑤医師から処方された薬をきちんと飲む
抗生物質は必ず指示された期間、飲み切ることが大切です。症状が改善しても、身体から菌がいなったということではありませんので、症状が長引く可能性があります。また、耐性菌の発生を防ぐためにも、途中で薬をやめないことが大切です。
学校や仕事はいつから行っていいの?
マイコプラズマ肺炎には、公的機関が定める明確な出勤停止期間や出席停止期間はありません。しかし、症状や状況に応じて以下のように対応することが推奨されています。
- 発熱症状が治まってから少なくとも2日間は自宅で様子を見ることが推奨されます。
- 激しい咳などのつらい症状がある場合は、無理せず休みましょう。
- 症状が改善しても、発症後4〜6週間程度は病原菌を排出する可能性があるため、この期間は感染予防に特に注意が必要です
- 仕事に復帰する際は、以下の点に気をつけましょう
- マスクを着用し、咳エチケットを徹底する
- こまめな手洗いを行う
- 周囲の人との距離を保つ
当院からのメッセージ
マイコプラズマ肺炎は、症状が風邪に似ているため見逃されやすい病気です。しつこい咳や長引く発熱がある場合は、単なる風邪と自己判断せず、医療機関を受診しましょう。早期発見と適切な治療が、皆さんの健康と周囲への感染予防につながります。
体調の変化を感じたら、どんな些細なことでもご相談くださいね。